最終更新日:2025-10-22

暗号資産取引、銀行グループの参入解禁へ 金融庁が規制見直し検討―市場拡大の期待と、税務上の「高い壁」

  • 2025/10/23
  • 2025/10/22
暗号資産取引、銀行グループの参入解禁へ 金融庁が規制見直し検討―市場拡大の期待と、税務上の「高い壁」

金融庁は、銀行グループ傘下の企業が暗号資産の売買・交換サービスに参入できるよう、銀行法施行規則の見直しを検討している。信頼性の高い銀行系事業者の参入を促し、急成長するデジタル資産市場の裾野拡大と国際競争力の強化を狙う。一方で、暗号資産の税務上の扱いは依然として重い課税や損益通算の制限が残り、制度改正と並行した税制整備が急務となっている。


金融庁は、銀行グループの傘下企業が暗号資産の売買や交換といった取引業務を行えるようにするため、関連する銀行法施行規則の改定に向けた検討を進めている。これまで証券会社グループを中心に展開されていた暗号資産事業に、銀行系の信頼性と資金力を持ち込むことで、業界の競争促進と利用者の利便性向上を図る狙いだ。

現行制度では、銀行グループ傘下の子会社が「暗号資産交換業者」として登録することは事実上認められておらず、SBIホールディングスや楽天証券ホールディングスなど、証券会社系グループが中心となっている。金融庁はこうした不均衡を是正し、銀行系証券会社や新設の関連会社にも事業参入を認める方向で制度改正を目指す。

日本暗号資産取引業協会(JVCEA)によると、国内の暗号資産の稼働口座数は2024年8月時点で約788万に達し、5年間で4倍に増加した。海外では、英スタンダードチャータード銀行などがすでに機関投資家向け暗号資産取引サービスを展開しており、日本の銀行が後れを取ることへの懸念も背景にある。

金融庁は、銀行がこれまで培ってきた顧客確認(KYC)やマネーロンダリング対策(AML/CFT)のノウハウを活かすことで、市場の透明性と安全性を高めることを期待している。

銀行本体の暗号資産保有も「検討段階」

今回の見直しは、取引事業への参入だけにとどまらない。金融庁は、銀行本体による暗号資産の取得や保有についても、これまでの禁止方針を見直す方向で議論を進めている。暗号資産を国債や株式などと並ぶ投資資産の一つとして位置づけ、銀行が自己勘定で保有・運用できる可能性を探る。

ただし、暗号資産は価格変動が極めて激しく、銀行経営への影響は小さくない。金融庁は、銀行が巨額の評価損を抱えて経営悪化に陥るリスクを回避するため、自己資本比率規制への影響分析や損失吸収力の確保など、厳格なリスク管理体制の整備を求める方針だ。

また、社会的信頼の高い銀行グループが暗号資産を取り扱うことで、一般投資家がリスクを過小評価する恐れもある。金融庁は、顧客へのリスク説明の徹底、情報開示、広告表示の適正化など、投資家保護の仕組みづくりを制度設計の柱に据える構えだ。

税務上の「高い壁」―雑所得・高税率の現実

制度改正の動きに対し、税務面での課題は依然として深刻だ。国税庁の指針によれば、個人の暗号資産取引で得た利益は「雑所得」に区分され、給与や事業所得などと合算される「総合課税」の対象となる。所得税率は5%から45%まで累進し、住民税10%を合わせると最大で約55%に達する。高所得者層では利益の半分以上が税金で消える計算となり、積極的な投資をためらう要因となっている。

中所得層でも実効税率は20〜33%程度に及び、株式などの「申告分離課税(税率20.315%)」に比べて大きな格差がある。銀行グループの参入により取引が身近になれば、この税負担の不公平感が一層顕在化する可能性が高い。

損益通算と損失繰越の制限

暗号資産取引で損失が出た場合、その取り扱いにも大きな制約がある。現行の税制では、暗号資産による損失は原則として他の所得(株式譲渡益や給与など)との「損益通算」ができず、翌年以降に損失を繰り越す「繰越控除」も適用されない。たとえば、ある年に大きな損失を出しても、翌年に利益が出れば前年の損失を考慮せずに課税される。この仕組みは、短期的な価格変動が大きい暗号資産取引において、投資家のリスク管理を難しくしている。

銀行系プラットフォームの普及によって個人投資家の参加が増えれば、この「損失の壁」に直面するケースも増加する見通しだ。

銀行グループ・人側の税務リスク

今回の規制緩和が実現した場合、銀行グループ自身の税務処理にも新たな課題が生じる。銀行傘下企業が取引プラットフォームを運営したり、銀行本体が暗号資産を保有したりする際には、法人税法上の資産評価や損益計上のルール整備が求められる。

暗号資産は期末時点での評価益・評価損をどのように会計上・税務上認識するかが明確でなく、含み益をいつ課税対象とするかといった論点も浮上する。現行制度では、法人税上は暗号資産の評価益は原則として課税対象外だが、金融機関における保有量や財務健全性との関係で新たなガイドライン整備が必要となる。

また、取引量の増加に伴い、個人投資家の申告漏れや計算ミスのリスクも高まる。暗号資産取引の損益計算は複雑で、取引履歴の自己集計に依存している。銀行系のサービス提供者には、顧客に対する税務説明責任の明確化や、損益計算支援ツールの整備が求められるだろう。

今後は、税務当局と金融監督当局の情報連携体制を構築し、正確な課税処理と透明性を確保することが課題となる。

分離課税導入への期待と課題

税制面での最大の論点は、暗号資産の取引利益を雑所得から株式などと同様の「譲渡所得」として扱い、他の所得と分離して課税する「分離課税制度」の導入だ。

この仕組みが実現すれば、税率は一律(概ね20%台)となり、損益通算や損失繰越が認められる可能性が高まる。業界団体の日本暗号資産取引業協会(JVCEA)や自民党税制調査会などでは、分離課税化の要望が継続的に提出されている。しかし、国税庁および財務省は「価格変動の大きい暗号資産を他の金融商品と同列に扱うことには慎重」との姿勢を崩しておらず、導入には時間を要する見通しだ。

金融インフラ改革の「両輪」

金融庁の規制見直しは、日本の金融市場をデジタル時代に対応させる重要な一歩となる。ただし、制度改革が真に効果を発揮するためには、税制面での整合性が不可欠だ。

高すぎる税負担、不公平な損失処理、複雑な申告作業、これら「税務の壁」を解消しなければ、銀行グループの参入が市場の健全な成長につながらない恐れがある。金融インフラの再構築と、時代に即した税制改革。この両輪が揃って初めて、日本の暗号資産市場は真の成熟へと向かうことになるだろう。

クローズアップインタビュー

会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。

税界よもやま話

元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。