最終更新日:2025-10-23

暗号資産暴落で露呈した市場の脆弱性 巨額損失でも「雑所得」課税の壁、重税負担が追い打ち

  • 2025/10/24
  • 2025/10/23
暗号資産暴落で露呈した市場の脆弱性 巨額損失でも「雑所得」課税の壁、重税負担が追い打ち

10月上旬のピーク時点から暗号資産市場が急落し、わずか2週間でおよそ90兆円(約6千億ドル)もの時価総額が失われた。信用取引の連鎖的な強制清算や、価格安定が期待されたステーブルコインの乖離など、市場構造の脆弱性が改めて露呈している。さらに日本では、暗号資産の所得が原則「雑所得」として課税され、給与所得など他の所得との損益通算が認められない。巨額損失を抱えた投資家にも税務上の負担がのしかかり、投機的リスクに加え、税制面の課題が改めて注目されている。


暗号資産市場から資金が急速に流出している。データ集計サイトのCoinMarketCapによると、10月上旬のピーク時点から約2週間で、全体の時価総額はおよそ90兆円減少した。ビットコインは「デジタルゴールド」とも称されてきたが、金が最高値を更新する中で一転して軟調となり、10月上旬につけた高値から約2割下落した。

急落の引き金とみられるのが米中対立の再燃だ。トランプ米大統領が中国への追加関税方針を打ち出した直後、リスク資産から資金が流出。金が安全資産として買われる一方、暗号資産市場ではレバレッジ取引の過熱が明らかになり、市場構造のもろさが浮き彫りとなった。

信用取引の連鎖清算、税務上は「損失通算できず」

価格上昇局面で広がった信用取引が、急落で裏目に出た。CoinGlassの分析によれば、下落局面では約160万件のポジションが強制清算され、清算総額は約2兆9千億円に達した。これは過去最大級の規模とされる。

こうした損失は、税務上も特有の問題を抱える。国税庁の取扱いによると、暗号資産取引で生じた所得は原則として「雑所得」に区分される。雑所得は、給与所得や事業所得など他の所得との損益通算が認められないため、給与所得者が暗号資産取引で損失を被っても、税金の軽減効果は得られない。

損失は同一年内に発生した他の暗号資産取引の利益と相殺(内部通算)できるにとどまり、翌年への繰越控除も認められていない。高いボラティリティを伴う市場で、税務上の救済がない構造は、投資家にとって一層厳しい環境といえる。

デペッグが損益計算を複雑化、取得価額の把握が課題

混乱は、安定資産とされるステーブルコインにも及んだ。Ethena Labsが発行するステーブルコイン「USDe」は、一部取引所で一時1ドルの価値を維持できず、0.65ドルまで乖離する事態となった。この下落が証拠金の価値を押し下げ、強制清算の拡大を招いたとされる。

税務面では、このようなデペッグが損益計算をさらに複雑化させる。国税庁は、暗号資産を他の暗号資産へ交換したり、商品・サービスの購入に使用したりする場合にも、その時点の時価に基づき所得を認識すべきと定めている。投資家は、移動平均法または総平均法のいずれかを選び、一貫して適用しながら、取引ごとの取得価額をもとに正確な損益を計算する必要がある。急激な価格変動の中で連鎖的に取引が発生する場合、この計算作業は極めて煩雑だ。

多様化する取引と網羅的な申告義務

近年の市場では、売買取引だけでなく、マイニング、ステーキング、レンディングといった多様な取引形態が一般化している。国税庁はこれらの行為についても明確に課税関係を示している。

マイニングやステーキングで新たに暗号資産を取得した場合、その取得時点の時価が所得金額となる。レンディングで受け取った利息も、受領時点の時価で課税対象となる。さらに、ハードフォークやエアドロップによる取得についても、原則として取得時点の時価で所得計上が必要となる場合がある。

市場では、大口投資家によるポジション構築やインサイダー的取引への懸念もくすぶる中、個人投資家は自己の取引履歴をすべて把握し、国税庁の定める計算方法に従って損益を算出し、確定申告を行う責任を負っている。

正確な計算書と記録管理が信頼回復のカギ

今回の急落は、過去のFTX破綻やテラUSDショックを想起させる。投機的な市場のもろさに加え、日本では、利益には高税率(最大55%)が適用される一方で、損失は他の所得と通算できない税制上の制約が、投資家心理の冷え込みを長引かせている。

納税者には、すべての取引について正確に損益を計算する義務がある。国税庁はその支援のため、「暗号資産に関する所得の計算書」(様式例)を公表しており、納税者自身が適正に記録・計算を行うことが求められている。

今回の暴落は、価格変動リスクだけでなく、**取引記録の精度と税務遵守の重要性**を再確認させる出来事となった。市場の信頼回復には、時間を要しそうだ。

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会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。

税界よもやま話

元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。