最終更新日:2025-12-21
令和8年度与党税制改正大綱――新たな「178万円の壁」と成長投資・物価対応が織りなす新時代の税務戦略
- 2025/12/21

(出典)令和8年度予算編成大綱を了承した12月19日の党税制調査会 自民党ホームページより
令和7年12月19日、自民・維新政権下で「令和8年度与党税制改正大綱」(https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/212129_1.pdf)が公表された。今改正の最大の焦点は、物価高に翻弄される家計を支える「所得税・住民税の抜本改革」と、企業の稼ぐ力を呼び覚ます「大胆な投資減税」の両立にある。課税最低限の引き上げや暗号資産の申告分離課税検討、さらには即時償却を伴う大規模設備投資支援など、会計実務を根底から揺さぶる内容だ。会計事務所が今、把握すべき要点を詳報する。
Ⅰ.「強い経済」へ向けた税制のパラダイムシフトと会計事務所の役割
今回の「令和8年度与党税制改正大綱」は、単なる減税措置の寄せ集めではない。長年、日本経済の足かせとなってきた「デフレマインド」を税制面から転換し、「賃上げ・投資・成長」の好循環を実現するための政策パッケージだ。
財務省、経済産業省、総務省といった関係省庁の意向が交錯する中で浮かび上がるのは、「成長に向けて動く企業には大胆なインセンティブを、停滞を続ける企業には制度適用の見直しも辞さない」という明確な方向性である。
会計事務所にとっては、従来の税務申告代行にとどまらず、この複雑化する税制を読み解き、顧問先の経営判断に結び付ける高度な助言能力がこれまで以上に問われる局面に入ったといえる。
Ⅱ.個人所得課税 「年収の壁」見直しと実務への影響
今改正で最も注目を集めたのが、所得税・住民税の負担開始水準、いわゆる「年収の壁」を巡る議論だ。
1.基礎控除・給与所得控除と物価上昇への対応
現行制度では、基礎控除48万円と給与所得控除(最低55万円)の組み合わせにより、「103万円の壁」が就業調整の要因となってきた。
与党税制改正大綱では、三党合意で掲げられた「課税最低限引上げ」の方向性を踏まえつつ、基礎控除や給与所得控除のあり方を含めた制度見直しを検討するとしている。
また、物価上昇によって実質的な税負担が増加する、いわゆる「ブラケット・クリープ」への対応として、消費者物価指数(CPI)等を踏まえた控除水準の見直しの仕組みについても検討課題として明示された。
会計事務所の実務では、今後の制度設計次第で年末調整や源泉徴収計算への影響が大きくなる可能性がある。配偶者控除や扶養控除との関係整理を含め、顧問先に対しては複数シナリオによる手取り額シミュレーションを提示する準備が欠かせない。
2.非課税手当見直しによる実質賃金対策
物価高を背景に、通勤手当や食事支給に係る非課税限度額についても、実態を踏まえた見直しが検討事項として盛り込まれた。
具体的な金額や実施時期は未確定だが、福利厚生制度を通じて実質賃金を下支えする政策意図は明確であり、企業にとっては社会保険料負担とのバランスを踏まえた制度再設計が重要なテーマとなる。
Ⅲ.法人税制 投資・賃上げを軸としたメリハリ強化
法人税制では、「成長志向の企業」を後押しする方向性が一段と鮮明になった。
1.戦略的設備投資を後押しする新税制
与党税制改正大綱では、高付加価値を生み出す設備投資を対象に、即時償却や高率の税額控除を可能とする新たな税制措置の創設が盛り込まれた。
対象となる投資や要件の詳細は今後の制度設計に委ねられているが、DXやGXといった成長分野への投資を重点的に評価する枠組みとなる見通しだ。
会計事務所は、顧問先の投資計画を早期に把握し、税負担の軽減効果とキャッシュフロー改善効果を定量的に示すことで、経営判断を後押しする役割が求められる。
2.研究開発税制の拡充方向
AI、量子、バイオ、半導体などの戦略分野における研究開発を支援するため、研究開発税制についても見直しが検討されている。
税額控除のあり方に加え、赤字期間中に生じた控除額の取扱いについても、繰越制度を含めた検討が行われる方向だ。
研究開発先行型のスタートアップや中堅技術企業にとっては、中長期の税務戦略に直結するテーマとなる。
3.賃上げ・投資に消極的な企業への制度見直し
一方で、賃上げや投資に消極的な企業については、既存の租税特別措置の適用要件を見直す方向性も示された。制度の「出口管理」が強化されることで、企業は毎期の賃上げ率や投資状況をより厳密に管理する必要が生じる。
Ⅳ.資産課税 暗号資産を巡る制度検討
暗号資産については、投資家保護や資産形成促進の観点から、課税のあり方を見直す必要性が明記された。
現行の雑所得課税について、金融商品との整合性を踏まえた制度の検討が課題として挙げられている。申告分離課税化や損失繰越の可否については、今後の検討事項であり、現時点で制度化が確定したわけではない。会計事務所としては、取得価額管理や評価方法の整理を含め、制度改正を見据えた情報提供が重要となる。
Ⅴ.消費税・国際課税・納税環境整備【修正版】
1.消費税制度の適正化
消費税率は据え置かれたが、インボイス制度定着後を見据えた制度運用の適正化が示された。免税制度や越境取引を巡る論点は、引き続き注視が必要だ。
2.BEPS2.0への対応
グローバル最低税率(15%)への対応を含む国際課税の枠組みは、引き続き実装段階に入る。海外展開企業を顧問先に持つ会計事務所では、移転価格税制と併せた対応力が不可欠となる。
3.納税環境のデジタル化
国税・地方税ともに電子申告を前提とした制度設計が進む。実務対応の遅れがリスクとなり得る中、事務所自身のDX対応も重要な経営課題となる。
Ⅵ.中小企業実務への影響
中小企業向けでは、少額減価償却資産の特例について、物価上昇を踏まえた取得価額基準の見直しが検討課題として挙げられている。また、外形標準課税の対象範囲についても検討が進められており、グループ構成や資本関係の再確認が必要となる場面が想定される。
会計事務所に求められる「先読みコンサルティング」
令和8年度与党税制改正大綱は、まだ法律として成立したものではない。しかし、その政策方向性は今後の制度設計を大きく左右する。
会計事務所は、改正内容をいち早く整理し、「顧問先を成長させる武器」として活用する視点が不可欠だ。その対応力の差が、今後の会計事務所の評価を大きく分けることになる。
クローズアップインタビュー
会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。
税界よもやま話
元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。



