最終更新日:2025-09-16
“暗号資産“を売却して消費税はかからないが陥りがちな税務処理のミスとは
- 2025/09/16

近年、投資対象として個人や法人を問わず急速に普及している暗号資産。ビットコインやイーサリアムをはじめとするデジタル通貨は、その価格変動の大きさから大きな利益をもたらす可能性を秘める一方、税務上の取り扱いは複雑で、多くの疑問を抱える事業者が少なくない。特に、保有する暗号資産を売却し、日本円に換金した際に消費税の課税対象となるのかどうかは、事業活動の収益計算に直結する重要な問題だ。結論から言えば、暗号資産の売却には消費税はかからない。これは、2017年の法改正によって暗号資産が「支払手段」として位置づけられたことに起因する。本記事では、この税務上の取り扱いの根拠を詳細に解説するとともに、事業者が見落としがちな消費税申告時の注意点や、今後の税制の動向について深く掘り下げていく。
暗号資産、いわゆる仮装通貨の税務上の取り扱いを理解する上で、まず押さえておくべきは、なぜその売却に消費税がかからないのかという点だ。
消費税は、国内における「モノ」の販売や「サービス」の提供など、最終的に消費される取引に広く課税される税金。しかし、消費という性格に馴染まない特定の取引、例えば土地の譲渡、有価証券の売却、預貯金の利子などは、消費税法によって非課税と定められている。暗号資産の売却も、この非課税取引の範疇に含まれる。この大きな転換点となったのが、2017年の資金決済法の改正。同改正により、暗号資産は法律上「支払手段」として明確に位置づけられた。それまでの税務上の取り扱いは不明確な部分が多く、専門家の間でも議論の的となっていた。しかし、同改正を機に、税制上も日本円や米ドルといった法定通貨と同様の「支払手段に類するもの」として扱われることになり、その譲渡は消費税の課税対象から外された。この決定は、暗号資産が決済手段として社会に浸透していく上での大きな障壁を取り除くものであり、市場の健全な発展を促す上で重要な一歩となった。
この税制上の根拠は、具体的に消費税法に明記されている。消費税法第6条第1項およびその関連政令において、消費税を課さない非課税取引が列挙されている。さらに、消費税法別表第二第2号では非課税取引の一つとして、「支払手段…その他これに類するものとして政令で定めるもの」の譲渡が掲げられている。この「政令で定めるもの」について、消費税法施行令第9条第4項で「資金決済に関する法律第二条第五項に規定する暗号資産」が具体的に規定された。これにより、暗号資産の売却が消費税の非課税取引であることが法的に明確になった。
この法改正は、事業者にとって大きな安心材料となった。もし暗号資産の売却に消費税が課されることになれば、事業資金として保有する企業は、売却のたびに消費税計算と申告を迫られ、その税務コストは無視できないものとなる。しかし、非課税とされたことで、暗号資産を事業資産として柔軟に活用することできるようになった。
事業者が陥りがちな「課税売上割合」の落とし穴
暗号資産の売却が非課税であることは、消費税の納税義務がある事業者にとって朗報だが、注意すべき点もある。特に、複数の事業を営み、課税売上と非課税売上の両方がある事業者(いわゆる「共通対応」事業者)は、消費税の申告時に行う「仕入税額控除」の計算で注意が必要だ。消費税の申告は原則、売上にかかる消費税から仕入れにかかった消費税を差し引いて納税する「仕入税額控除」を行う。仕入税額制度の適用にあたっては、仕入れにかかった消費税の額を計算し、そのうち課税事業に関連する部分だけを控除する。課税売上と非課税売上が混在する事業者においては、同控除額を算出するために「課税売上割合」という指標を用いる。
課税売上割合は、分子を「課税売上高」、分母を「総売上高(課税売上高+非課税売上高)」として計算。暗号資産の売却は非課税取引であるため、一見すると、この「非課税売上高」に含めるように思われるが、国税庁の通達によれば、暗号資産の譲渡による売上は、この課税売上割合の計算上、分母の総売上高にも、分子の課税売上高にも含めないとしている。
なぜこのような特例があるのかと言えば、暗号資産が日本円などの法定通貨と同様の「支払手段」として扱われるため、その売却額を売上高に算入すると、事業の実態を正確に反映しない可能性があるためだ。例えば、事業者が一時的に資金を暗号資産に換えて保有し、その後売却して事業資金に戻した場合、この取引を「売上」として計上すると、実際の事業規模よりも課税売上割合が低く算出され、仕入税額控除が不当に制限される可能性がある。同特例は、事業者が意図せずとも過大な消費税を納める、あるいは不当な申告と見なされるリスクを回避するために設けられている。
このルールを理解せずに申告を行うと、税務調査の際に指摘を受け、追徴課税の対象となるリスクがある。複雑な取引を行っている事業者や、暗号資産の売却額が事業全体に占める割合が大きい場合は、特に注意が必要だ。具体的なケースについては、専門家である税理士に相談し、適切な申告方法を確認することだ。
未来への展望:変わり続ける暗号資産と税制
暗号資産をめぐる税務上の課題は、消費税だけにとどまらない。売却益に対する所得税や法人税の課税、マイニングやステーキングといった新たな取引形態への課税など、多岐にわたる。現状、個人の暗号資産売却益は「雑所得」として総合課税の対象となり、法人の場合は「法人税」の課税対象となる。この点については、株式や為替取引などとは異なる複雑な計算が必要となるため、専門家の助言が不可欠だ。
暗号資産の世界は常に変わっている。分散型金融(DeFi)やNFT(非代替性トークン)といった新たな技術の登場は、既存の税法では対応しきれない新たな課題を生み出している。例えば、NFTの売買が「モノ」の売買なのか、「デジタルデータ」の売買なのか、あるいは「権利」の譲渡なのかによって、消費税の取り扱いが異なってくる可能性もある。
各国政府は、これらの新たな取引形態をどのように定義し、課税していくかについて、現在も活発な議論を続けています。国際的なルール作りも進められており、将来的には税制がさらに変更される可能性も否定できない。
最新の情報を入手し、専門家からの助言を
結論として、事業資金として保有していた暗号資産を売却しても、その取引自体に消費税はかからない。これは、暗号資産が消費税法上、日本円と同様の「支払手段」として扱われているためだ。しかし、消費税の申告においては、課税売上割合の計算に暗号資産の売却額を含めないという特別なルールがあるため、事業者としてはこの点を必ず理解しておく必要がある。
暗号資産の税務上の取り扱いは、個々の取引や事業形態によって複雑に変化する可能性がある。また、技術の進化とともに税法も常に更新されていくため、常に最新の情報を把握することが不可欠だ。予期せぬ税務リスクを回避するためには、自己判断に頼るのではなく、暗号資産に関する知識を有する税理士に相談し、適切な申告を行うことが税務調査対策となる。暗号資産の活用を考えている、あるいはすでに活用している事業者は、単に価格変動を追うだけでなく、その法的・税務的な側面にも深い理解を持つことが不可欠だ。
クローズアップインタビュー
会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。
税界よもやま話
元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。