最終更新日:2025-11-21

相続した暗号資産に「取得費加算の特例」は使えるか?売却益の税金と適用不可の理由

  • 2025/11/22
  • 2025/11/21
相続した暗号資産に「取得費加算の特例」は使えるか?売却益の税金と適用不可の理由

暗号資産を相続後に売却した際の課税関係で誤るケースが増えている。土地や株式のように「相続税を取得費に加算して税負担を軽減できるのではないか」と期待する声は多い。しかし結論は明確で、暗号資産の売却益には「取得費加算の特例」は適用できない。理由は、暗号資産の売却益が「譲渡所得」ではなく「雑所得」に区分されるためだ。制度の背景や国税庁の整理を踏まえて、相続と暗号資産の税務に迫る。


暗号資産に「取得費加算の特例」が使えないのはなぜ?

相続によって取得した暗号資産を売却した場合、その利益は原則として「雑所得」に区分される。この所得区分が、今回の論点の核心だ。

取得費加算の特例(租税特別措置法39条)は、「譲渡所得」の計算においてのみ適用される制度であり、雑所得には及ばない。土地・建物・株式を相続して売却した場合に特例が使えるのは、それらが譲渡所得に該当するためであり、それと性質の異なる暗号資産は対象外となる。

この整理は、国会答弁においても国税庁が同趣旨の見解を示しており、実務上も明確に位置付けられている。つまり、相続税を支払っていても、それを暗号資産の取得費に加算し、売却益の所得税を軽減することは認められない。

【所得区分の比較】

以下は、売却益に対する所得区分と、取得費加算の特例の適用有無を比較したものだ。

【所得区分の比較】
資産の種類売却益の所得区分取得費加算の特例
土地・建物・株式など (上場株、不動産 等)譲渡所得適用
暗号資産(仮想通貨)雑所得 (所得税法35条)不適用
・特例の対象:この「取得費加算の特例」は、譲渡所得として課税される資産の売却に限定。
・暗号資産の扱い:暗号資産(仮想通貨)の売却益は雑所得に区分されるため、この特例の対象外。
※制度の対象は「譲渡所得」に限定されるため、雑所得である暗号資産は対象外となる。

取得費加算の特例とは何か

取得費加算の特例は、相続人の税負担を調整するために設けられた制度だ。

相続税は相続時点の時価を基準に課されるが、相続人が短期間でその資産を売却すると、二重に課税負担が生じうる。これを避けるため、一定期間内の譲渡であれば、相続税のうち当該資産に対応する部分を取得費に加算してよい――これが制度の趣旨だ。

しかし、この制度は「譲渡所得」の計算に限定されており、土地・建物・株式など伝統的な資産を前提に組み立てられている。

暗号資産は制度創設当初には想定されておらず、所得税法上も譲渡所得として扱われていないため、特例の枠組みに入らない。

<特例適用のプロセス(フロー)>

同特例は、相続税を支払った後に、その相続した資産を一定期間内に売却(譲渡)した場合に適用される。

ステップ概要
① 相続発生資産を相続します。
② 相続税を納付相続した財産に対して相続税を支払います。
③ 一定期間内に「譲渡」相続開始日の翌日から3年10ヶ月以内に、その資産を売却(譲渡)します。
④ 譲渡所得の計算譲渡所得の計算上、支払った相続税の一部を取得費に加算します。
⑤ 結果課税所得が減少し、結果として税負担が軽減されます。

<適用対象となる資産>

この特例には、譲渡所得として課税される資産である必要がある。

適用可否資産の種類該当する所得区分
✅ 適用可土地、建物、株式など譲渡所得
❌ 適用不可暗号資産(仮想通貨)雑所得

同特例の目的は、相続と譲渡という二重の税負担を調整することにある。譲渡所得に該当する資産のみが対象で、雑所得として課税される暗号資産は対象外となる。

暗号資産の売却益は「雑所得」

暗号資産の所得区分は所得税法35条の雑所得に位置付けられている。これは、暗号資産が資産の譲渡益といえども、株式や不動産のように明確な資産分類が存在しないためだ。その結果、損益通算、繰越控除、税率面などで株式・不動産とは異なる取り扱いがされている。

この所得区分の違いが、取得費加算の特例を適用できない最大の理由になる。制度の対象を広げるには法改正が必要であり、現行法のもとでは扱いは明確だ。

暗号資産の相続税評価は、相続開始日の時価に基づいて計算する。その後、価格が急騰したタイミングで売却するケースも多く「相続税まで払った上に売却益にも税金がかかるのは二重課税ではないか」との相談は増えている。

しかし、法令上は「二重課税」ではなく、それぞれ独立した課税関係として整理される。同時に、暗号資産は価格変動が大きいため、相続時に評価が高く売却時に暴落して損失が出るケースもある。こうした場合でも、雑所得の損失は他の所得と通算できず、翌年以降への繰越控除もできない。株式や不動産とは異なり、税務上の柔軟性が極めて低い点には注意が必要だ。

実務上検討すべきポイント

暗号資産の相続と売却に関する税務では、次の点が特に重要になる。

① 相続時の評価・保管状況の把握

取引所のログ・ウォレット残高・取引履歴の確保が必須だ。

相続人が暗号資産の存在を把握できず、申告漏れになるリスクもある。

② ハードフォーク・エアドロップによる所得区分

相続後に分岐や報酬を受け取った場合、追加の雑所得が発生するケースがある。

③ 価格急騰・暴落リスク

納税資金の確保や売却タイミングの判断に影響する。

相続税は価格下落があっても戻らないため、資金計画が重要だ。

法的根拠の整理

  • 租税特別措置法39条(相続財産を譲渡した場合の取得費の特例)

適用対象は「譲渡所得」に限られる。暗号資産は雑所得であり対象外。

  • 所得税法35条(雑所得)

暗号資産の売却益は雑所得に該当するため、取得費加算の特例は適用されない。

いずれも、現行の法令体系下で解釈余地はなく、特例適用は不可能だ。

今後の法改正の可能性は?

暗号資産の市場規模拡大に伴い、税制上の課題は国会でも議論されている。

特に、

・総合課税(最大55%)の負担の重さ

・損益通算の不可

・相続時の評価方法の難しさ

といった論点は、改善を求める声が強い。

ただし、現時点で「取得費加算の特例の適用範囲を拡大する動き」は確認されていない。制度の適用を期待した過度な節税策はリスクが高く、慎重な対応が求められる。

相続した暗号資産を売却して得た利益には、取得費加算の特例は適用できない。理由は、制度の対象が「譲渡所得」に限られ、暗号資産の売却益が「雑所得」に分類されているためだ。相続税を支払っていても取得費に加算することはできず、課税関係は土地・株式と大きく異なる。相続財産として暗号資産を扱う場合は、評価・管理・売却のタイミングを含め、早期の専門家相談が不可欠だ。

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税界よもやま話

元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。