最終更新日:2025-12-10

インボイス「2割特例・8割控除」を悪用するスキームが横行──国税庁が示した問題点と今後の見直し焦点

  • 2025/12/12
  • 2025/12/10
インボイス「2割特例・8割控除」を悪用するスキームが横行──国税庁が示した問題点と今後の見直し焦点

令和8年度税制改正の議論の中で、国税庁はインボイス制度の経過措置である「2割特例」および「8割控除」の一部で、制度趣旨を逸脱した取引が確認されていると報告した。これらは本来、免税事業者との取引における負担軽減を目的とした仕組みだが、インボイス非発行を前提に価格調整を行うなど、租税回避的な構造が問題視されている。消費税の公平性確保の観点から、経過措置の見直しは重要な論点となりつつある。この警告は、特例の早期終了や大幅な制限強化に直結する可能性を意味する。


 インボイス制度にける「2割特例」が令和8年9月末で切れ、10月からは「5割特例」となり、税務処理的には注意が必要だが、国税庁はこのほど、令和8年度税制改正議論の中で、制度趣旨を逸脱した取引について報告した。税制改正に少なからず影響してきそうだ。

インボイス制度の負担軽減策である「2割特例」と「8割控除」の趣旨について国税庁は、インボイス制度導入に際して、免税事業者との取引が急速に縮小することを避ける目的から、2つの経過措置(2割特例・8割控除)が設けられていると説明している。これらは時限的な負担軽減措置であり、制度そのものの公平性を損なわない範囲で存在する。

2割特例(課税転換時の支援):免税事業者が課税事業者へ転換した際、売上税額の計算を簡易化する仕組みだ。通常は売上に係る消費税額から仕入税額控除を差し引く「原則計算方式」を要するが、2割特例では、売上税額の2割だけを納税すればよい簡便計算が認められている。免税事業者が急に複雑な計算を求められることを回避する導入期の支援措置だ。

8割控除(取引継続の支援):課税事業者が免税事業者から課税仕入れを行った場合でも、一定割合(80%)を仕入税額控除できる仕組みだ。インボイス発行ができない免税事業者との取引が急に立ち行かなくなることを避け、事業者間の価格調整や取引継続を支援する目的で設けられた制度だ。

国税庁が問題視した「制度趣旨を逸脱する取引」の構造

国税庁は、2割特例および8割控除の制度自体を否定しているわけではない。だが、実際の取引では制度の想定を超えた「租税回避的な形態」が発生していると説明している。

典型的な例として、次のような構造が挙げられる。これらは制度の趣旨から外れ、事業者間の競争環境を歪める結果を招く。

<8割控除を悪用した租税回避スキーム>

取引価格設定の前提 : 免税事業者があえてインボイスを発行しないことを前提に取引価格を設定する。

課税事業者側の行動:課税事業者側は8割控除により仕入税額控除の大部分を確保できるため、インボイスを要求せず、取引価格を通常より低く抑える。

免税事業者側の利益 : 免税事業者は消費税を納める必要がないため、その差分を利益にできる。これは、免税事業者が課税事業者に比べて不当に有利な競争条件を得る結果となる。

割特例の趣旨を逸脱した価格調整

 免税事業者が課税転換した後、2割特例を利用して低い納税額で済むことを見越して課税事業者側と価格調整を行うケースだ。

2割特例は本来、事務負担軽減を目的としたものだ。制度適用を前提に「消費税分の価格調整を行う」ことは、実質的に納税義務の圧縮を目的としたものであり、趣旨を逸脱するおそれがある。

制度悪用が生む「価格競争のゆがみ」と国税庁の警告

8割控除が適用できるからといって、インボイス発行の有無を理由に価格を操作する取引が成立すれば、課税事業者が適正な価格形成を行えなくなる可能性がある。

特にBtoBの分野では、取引先の立場が強い場合に「インボイス不要」を条件とした価格圧縮が起こりやすい。免税事業者にとっては価格調整の余地が生まれる一方、課税事業者はインボイスを発行しつつ通常の納税義務に従う必要があるため、競争条件に不公平が生じる。

国税庁は、こうしたゆがみが生じると、制度全体の信頼性を損ない、取引の透明性を低下させると強く警告している。経過措置によって税の公平性が損なわれることは、インボイス制度が目指す市場の透明性と税負担の公平に反する。

経過措置の見直しは不可避だ。令和8年度改正で焦点となる論点

政府は「歳出歳入一体改革」を掲げ、税制の適正化を重要課題に位置付けている。2割特例や8割控除が制度趣旨を逸脱する形で利用される場合、経過措置の存続について検討が進む可能性が高い。

 特に以下の論点は、令和8年度税制改正で焦点となるとみられる。これらの見直しは、税負担の公平を目的とする制度を支えるルールの厳格化であり、避けられない局面だ。

・経過措置の適用範囲の明確化

特に価格調整が行われた取引に対する適用制限の検討だ。

・価格調整とインボイス発行の関係性の見直し

 租税回避行為への罰則規定や、価格交渉に関するルールの厳格化の可能性だ。

・経過措置の早期終了または新たな制限設計

期限前の措置終了、あるいは適用要件に売上規模や取引内容の制限を設ける可能性だ。

・免税事業者の課税転換支援と制度の公平性のバランス

制度を健全に運用するための支援策と、悪用を防ぐルールの再設計だ。

適正納税への意識改革が求められる

制度の見直しが予想される中、企業・個人事業者が留意すべきポイントは次の通りだ。適正納税の義務を果たし、公平な競争環境に適応していく意識改革が求められる。

価格設定が経過措置の適用を前提としていないか確認する必要がある。インボイス発行を求めないことと引き換えに価格を下げる取引は、税務当局から「租税回避行為」と見なされるリスクがある。

特例を理由に価格調整を行うことは、制度趣旨と相容れない行為だ。特例はあくまで事務負担軽減のための措置であり、価格交渉の道具ではない。

制度変更に備え、インボイス発行体制の整備を進める

将来的に経過措置が縮小または廃止されることを前提に、すべての取引でインボイスを発行・受領できる体制を早期に準備することが重要だ。

インボイス制度の移行期に生じた負担軽減措置は、あくまで「移行の円滑化」が目的だ。制度の恒久的な運用を考えれば、経過措置の縮小は時間の問題であり、事業者は早期対応が求められる。

国税庁は、2割特例および8割控除の悪用が制度の透明性を損なうと強く警告している。制度趣旨に沿った適正な運用を確保するため、令和8年度以降の税制改正では経過措置の見直しが最重要論点となる。企業や個人事業者は、制度変更を前提に取引・価格設定の見直しを進め、公平な競争環境に適応していくことが、今後のビジネス存続の絶対条件だ。

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会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。

税界よもやま話

元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。