最終更新日:2025-10-06
法人による暗号資産の信用取引は損益計算に注意
- 2025/10/08
- 2025/10/06

暗号資産の信用取引は、現物取引とは損益の計算方法が異なる。法人税法上、いつ、どのように所得を計算するのか。令和以降、法人による暗号資産活用が広がる中で、決済時点で損益が確定する仕組みや、取引形態別の所得計算が注目されている。税務処理の正確性が、今後の企業経営の信頼性を左右しかねない。
法人が暗号資産の信用取引を行う場合、損益は決済が成立した時点で確定する。法人税法第61条の5に基づき、取引の売付け価額と買付け価額の差額をもって、益金または損金に算入する仕組みだ。
信用取引とは、自己資金だけでなく暗号資産や資金を借り入れて取引を行う仕組みで、現物取引とは性質が大きく異なる。現物取引では「取得時点」と「売却時点」の価格差によって損益を計算するが、信用取引はあくまで決済時点で初めて所得が確定する点が特徴だ。
法人の会計処理においても、この「決済主義」が原則とされ、未決済分の含み損益を益金・損金に反映することはできない。そのため決算期に未決済のポジションを抱える場合、その含み損益は翌期以降に持ち越される。
「売り」から入る取引(空売り)の計算方法
信用取引には、まず「空売り」と呼ばれる取引がある。これは、保有していない暗号資産を借りて市場で売却し、後日買い戻して返済する手法で、価格下落を見込んで利益を得るもの。
損益計算は次の式で求められる。
所得金額 = 最初の売付け価額 − 後の買付け価額(返済コスト)
売却時点での価格が高く、買い戻し時点での価格が低ければ利益が生じ、逆に価格が上昇すれば損失となる。法人税法施行令第118条の6第10項では、「信用取引の譲渡原価は決済に係る買付けの対価の額とする」と明示されており、この規定が損益算出の根拠となる。
暗号資産市場では価格変動が大きいため、決済タイミングの見極めが損益に直結する。決算日をまたいでポジションを保有する場合、評価益が生じていても課税対象とはならず、翌期決済まで繰り延べられる点に留意が必要だ。
「買い」から入る取引の計算方法
もう一方の取引形態は、資金を借りて暗号資産を買い付け、価格上昇時に売却して返済する「買い建て」型だ。こちらは上昇局面での利益を狙うもので、所得金額は以下の式によって算出される。
所得金額 = 後の売却価額 − 最初の買付け価額
買付け時点よりも売却時点の価格が高ければ利益が発生し、反対に価格が下落すれば損失となる。空売り取引と同様、損益は決済完了の時点で確定し、含み益・含み損の段階では法人税の課税対象とはならない。
信用取引における利益または損失は、事業年度内の決済時点で確定したもののみが益金・損金に算入されるため、期末未決済分を計上すると課税誤差を生むリスクがある。
諸費用の取り扱いと会計処理
信用取引に付随して発生する金利や品貸料、手数料などの諸費用については、原則として取引価額に含めて損益を計算する。ただし、法人が継続的に同一の処理方針を採用することを条件に、発生に応じて個別に益金または損金として処理する方法も認められる。
処理方法を変更する場合は、事業年度開始前日までに税務署への届出が必要となる。届出を怠れば、過年度の損益認識時期がずれ、税務調査で否認を受けるおそれがある。さらに、信用取引の税務管理では、**取引の開始日・決済日・数量・価格・取引所名**といった情報の正確な記録が欠かせない。電子取引データとして保存しておくことで、税務調査や会計監査に対して客観的な証拠資料として提示できる。
法令上の根拠と実務上の留意点
暗号資産の信用取引は、法令上は株式やデリバティブ取引と同様に扱われる。法人税法第61条の5は、信用取引に係る利益・損失を益金または損金に算入すべきと規定し、決済時に所得を確定させる考え方を明確にしている。
一方、法人税法施行令第118条の6第10項は、譲渡原価を「決済に係る買付けの対価」と定義しており、損益計算の法的根拠を与えている。もっとも、これらの条文は株式取引を念頭に置いたものであり、暗号資産特有の特性「24時間取引」「海外取引所の利用」「レンディングやステーキングとの複合取引」などには明確な規定がない。そのため、実務では通達や個別照会、過去の国税庁見解などを踏まえて慎重に判断する必要がある。
また、法人が暗号資産取引を主たる事業として行う場合と、財務運用の一環として行う場合では、会計区分や損益の認識時期が異なる可能性もある。税務上の扱いを誤ると、将来的な更正リスクを招くため、専門家による事前確認が不可欠だ。
信用取引拡大と税務ガイドライン整備の動き
近年、法人による暗号資産の信用取引は急速に拡大している。特に、Web3関連企業や取引所事業者、ヘッジファンドなどがリスクヘッジや資産効率化の手段として利用を進めている。
一方で、課税ルールの不透明さが事業リスクとなるケースも少なくない。国税庁は2024年以降、暗号資産の法人税務に関するFAQを順次公表しており、信用取引やデリバティブ取引に関するガイドラインの整備を検討している。
市場関係者からは「信用取引の課税時期をめぐる実務上の混乱を防ぐには、国際的な取引基準との整合性を取る必要がある」との声も上がる。
企業が暗号資産の信用取引を活用する際の注意点としては、次の3つがカギになると暗号資産に強い税理士は語る。
- 決済主義の徹底
- 未決済の含み損益を計上しない。益金・損金は決済完了時点でのみ認識。
- 諸費用の処理方針の一貫性
- 金利・手数料などを取引価額に含めるか、発生基準で処理するかを統一し、届出を怠らない。
- 記録管理と専門連携
- すべての取引情報をデジタルで保存し、会計士や税理士との連携強化。
こうした3点を踏まえ暗号資産の税務処理に詳しい国税OB税理士は、「暗号資産市場は変動が激しく、法改正や通達変更が毎年行われている。企業は、制度変更のたびに税務処理の再確認を行い、誤りのない計算と届出を継続する体制を整備することが求められている」と言う。
法人による暗号資産の信用取引では、損益は決済時点で確定し、法人税法上の益金または損金に算入される。現物取引とは異なり、決済主義が明確に適用され、取引形態ごとに所得計算式が定められる。税務上の根拠はデリバティブ取引の規定に準じるが、暗号資産特有の事情を踏まえた慎重な実務対応が必要だ。企業は、取引記録の管理と届出手続きを徹底し、専門家と連携した持続的なガバナンス体制の構築が不可欠だ。
クローズアップインタビュー
会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。
税界よもやま話
元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。