最終更新日:2025-10-30

令和8年度税制改正に向けてのかじ取り 高市首相が重視する防衛費増額と家計救済の交差点

  • 2025/10/30
令和8年度税制改正に向けてのかじ取り 高市首相が重視する防衛費増額と家計救済の交差点

日本の財政と安全保障政策は、令和8年度を前に新たな局面を迎えている。高市政権は「強い日本」を掲げ、防衛力の抜本強化と財源の恒久化を両立させる構えだ。防衛費の国内総生産(GDP)比2%への引き上げ目標を維持しつつ、税制改正を通じた財源確保を急ぐ。防衛と税制という二つの政策領域が交差する中、政治の舵取りが問われている。


政府は防衛力強化を「国家存立の基盤」と位置づけ、2027年度までに防衛費をGDP比2%水準(年約11兆円規模)に引き上げる方針を堅持している。国際情勢の不安定化や、米国との同盟強化に伴う防衛分担の圧力が背景にある。

歳出改革だけでは対応しきれないとの判断から、政府・与党は複数の税制措置による財源確保を検討しており、その中心に「防衛特別法人税(仮称)」がある。

同付加税は、法人税額に対して4%上乗せして課税する案で、年間約4千億円の税収を見込む。中小法人への配慮として、法人税額から500万円を控除する仕組みとし、実質的には大企業が主たる負担者となる設計だ。

実施時期は「令和8年度以降の適切な時期」とされており、2026年4月開始案が検討対象となっている。税制改正大綱(令和6年度)にも、付加税方式による防衛目的の法人課税強化が明記されている。

復興特別所得税の延長・転用論

防衛費財源のもう一つの柱が、所得税に付随する「復興特別所得税」の活用である。東日本大震災の復興財源として2013年に導入されたこの税は、現行で2037年まで課税が続く。政府内では、税率を現行の2.1%から1%引き下げる一方で、課税期間を延長し、その分を防衛財源に充てる案が浮上している。これにより、名目上の負担水準を維持したまま、恒久的な防衛財源を確保する構想だ。国民負担を増やさずに財源の付け替えを行うという発想である。

また、たばこ税の引き上げも進められている。政府はすでに「1本あたり3円を段階的に引き上げる」方針を固めており、加熱式たばこを中心に課税強化が行われる。防衛費と直接連動するわけではないが、総合的な財源確保策の一環として位置づけられている。

税制改正の焦点:家計と成長の両立

一方で、物価上昇や実質賃金の停滞が続く中での増税には慎重論も根強い。高市政権は、防衛と同時に「家計支援と経済成長を両立する税制」を打ち出す姿勢を見せる。

令和8年度税制改正の柱の一つが所得税制度の見直しだ。基礎控除の引き上げや「年収の壁」問題(103万円・130万円など)の緩和措置を検討しており、パート労働者や子育て世帯の就労促進を狙う。また、政府税制調査会では「給付付き税額控除制度」についても議論が再燃しており、低所得層への直接支援策として検討の俎上にある。欧米では既に導入が進む制度であり、日本でも所得再分配の強化策として注目されている。

エネルギー・地方経済への波及と課題

エネルギー価格の高騰が続く中、ガソリン税や軽油引取税の暫定税率(いわゆるトリガー条項)をめぐる見直し論も再浮上している。防衛財源とは直接関係しないが、家計・地方経済への負担軽減を目的とした税制調整の可能性が残る。

ただし、環境政策との整合性をどう確保するかという課題も残る。炭素税や燃料課税全体の再設計が避けて通れない段階に入っている。

 「責任ある積極財政」と説明責任

高市政権が掲げる「責任ある積極財政」は、短期的な物価高対策と中長期的な財政健全化の両立を意味する。しかし、歳出拡大と増税措置を同時に進める難しさは明白だ。防衛費の使途についても、装備品調達に加え、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域や人材育成への支出が含まれる。

これらが「平和国家」としての日本の理念とどのように整合するのか、国会における丁寧な議論と説明責任が求められる。

税制改正は単なる財源論ではなく、国家戦略の方向性そのものを示す政策である。スタートアップ支援や研究開発減税の拡充、地方中小企業の賃上げ促進税制など、成長と再分配のバランスを取る仕組みが求められる。

また、防衛関連産業への技術支援や安全保障技術の民生転用を後押しする税制も検討課題となっている。財政政策と安全保障政策が有機的に連動する新たな時代に入りつつある。

税制を通じた国家戦略

「強い日本」とは、単に軍事力の増強を指すものではない。経済的な自立、社会的包摂、そして国民の信頼によって支えられる国家像である。防衛と税制という異なる政策領域が交差する令和8年度は、日本の将来を左右する分水嶺となる。高市政権が掲げる「責任ある積極財政」が本当に実を結ぶかどうかは、国民に対する説明と共感をいかに得られるかにかかっている。

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税界よもやま話

元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。