最終更新日:2025-10-30

【編集長コラム】「1億円の壁」問題と富裕層課税強化─令和7年分から始まるミニマムタックス

  • 2025/10/31
  • 2025/10/30
【編集長コラム】「1億円の壁」問題と富裕層課税強化──令和7年分から始まるミニマムタックス

令和7年(2025年)分の所得から、所得税に新たな「高額所得者に対する最低税負担制度(いわゆるミニマムタックス)」が適用される。これは、金融所得を中心とする超富裕層の実効税率が一定水準を下回ることを防ぐ仕組みで、いわゆる「1億円の壁」問題に対応する措置だ。税制の公平性を確保し、国際的な課税潮流に合わせた制度として、会計事務所には顧客資産の総合的な把握と戦略的助言が求められる。


日本の所得税は累進課税制度を採用しており、所得が増えるほど税率が高くなる構造を持つ。課税所得4千万円超には所得税45%が適用される。これに住民税(10%)と復興特別所得税(0.315%)を合わせると総合課税における最高実効税率は約55%に達する。

一方で、株式譲渡益や配当金などの金融所得は、申告分離課税として一律20.315%(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)の税率が適用される。この低い一律税率が、高所得者の実効税率を押し下げ、「所得が増えるほど税負担が軽くなる」逆転現象の原因とされてきた。

所得1億円を超える層では、所得全体に占める金融所得の割合が急増するため、累進課税の効果が薄まり、実効税率がむしろ低下する。この現象が「1億円の壁」と呼ばれるもので、勤労所得者との税負担格差を生み出し、税制の公平性を損ねているとの指摘が長年続いていた。

このように、所得が増えても税負担が下がる構造的歪みが生じており、「勤労意欲の低下」「税への信頼喪失」などの副作用が懸念されてきた。

令和7年分から導入される「ミニマムタックス」

こうした課題に対応するため、令和5年度税制改正において「高額所得者に対する最低税負担制度(ミニマムタックス)」が創設された。同制度は令和7年(2025年)分の所得から適用され、令和8年に行う確定申告から影響が出る見通しである。

この制度の目的は、超富裕層が分離課税や各種控除・特例を活用して過度に低い実効税率となることを防ぎ、一定水準以上の税負担を確保する点にある。

対象は主に年間所得が30億円を超える層とされるが、所得構成によってはそれ未満でも追加課税が発生する場合がある。財務省試算では、該当者は全国で約200〜300人と極めて少数が見込まれている。

計算方法と課税イメージ

基準となる所得金額(基準所得金額)には、給与所得・事業所得・金融所得などすべての所得を合算する。ここには、申告不要制度を適用している金融所得(特定口座で源泉徴収済みの譲渡益・配当等)も含まれる点が重要である。

通常の所得税額(国税分)が、法令上「基準所得税額」と呼ばれる以下の計算式による金額を下回る場合、その差額が追加で課税される。

基準所得税額 =基準所得金額- 3億3前万円×22.5%

つまり、ミニマムタックスは「所得に応じた最低限の税負担ライン」を設ける仕組みだ。例えば、金融所得のみで構成される所得10億円の場合、通常の所得税額は約1億5千万円(15%)。一方、上記計算式による基準所得税額は約1億5075万円となり、わずかに追加課税が発生し始める。

これが所得30億円になると基準所得税額との差が拡大し、追加納税額はおよそ1億5千万円規模に達する試算もある。

(※数値は概算であり、所得構成や各種控除の適用状況により変動する)

この制度は日本独自のものだが、背景にはOECD(経済協力開発機構)によるグローバル・ミニマム課税の流れがある。

多国籍企業に対する最低税率15%の導入と同様、富裕層個人にも「最低限の税負担を確保する」という理念を適用した形だ。財務省は、国内制度としての整合性を図りつつ、「課税の空洞化」や「所得移転リスク」を抑止する狙いを明確にしている。

会計事務所がとるべき実務対応

ミニマムタックスの導入は、超富裕層の税務戦略に直接影響する。会計事務所に求められる対応は以下のようになる。

1.所得の全体像の把握

  申告不要制度の金融所得も含めた全所得の合算が前提となる。顧客の国内外資産、信託・法人を通じた所得も含め、正確な情報収集が欠かせない。

2.所得構成と実効税率の分析

   所得構成によりミニマムタックスの影響度は大きく変わる。配当・譲渡益が集中する年は追加課税が発生しやすいため、所得実現の時期を分散させるなど、実効税率の平準化策が検討対象となる。

3.控除・特例の確認

  制度導入後は、国外所得控除や租税特別措置法上の優遇が一部制限される可能性がある。特にM&Aや大口株式譲渡など、取引スキームに応じた適用可否の精査が必要だ。

4.早期の税額シミュレーション

  対象者は限定的だが、該当時の税額インパクトは極めて大きい。令和7年分の所得見込みを踏まえ、事前のシミュレーションと資産再構成の助言を早期に行うことが重要となる。

ミニマムタックスは、富裕層全体への課税強化ではなく、極端に高い所得構成を持つ層の「税負担の下限」を確保する制度である。対象者は限られるものの、金融所得中心の顧客を抱える会計事務所にとっては実務インパクトが大きい。税制の公平性確保と国際的整合性を両立させる新制度の下で、今後はより精緻な資産構成分析と、長期的な税務設計力が問われることになる。

クローズアップインタビュー

会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。

税界よもやま話

元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。