最終更新日:2025-09-06
法制審議会 デジタル遺言の中間試案公表 法務省が描く「遺言のDX」化とは
- 2025/09/06

法務省・法制審議会が「デジタル遺言制度」の制度化に向けた中間試案を公表した。これは、従来の紙ベースの遺言制度を見直し、デジタル技術を活用した新たな遺言方式を導入することで、より柔軟かつアクセス可能な遺言制度を構築しようとするものだ。
現行の遺言制度は、主に「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3類型に分類されるが、いずれも紙媒体を前提としており、作成・保管・検認に一定の手間とコストが伴う。特に高齢者や障がい者にとっては、物理的な制約が大きく、遺言作成のハードルとなっていた。
一方で、社会のデジタル化が進む中、スマートフォンやPCを活用した意思表示のニーズは高まっている。法務省はこうした状況を踏まえ、「遺言のDX(デジタルトランスフォーメーション)」を制度的に支える枠組みの検討を開始した。
中間試案の概要:3つの方式案
具体的には、デジタル遺言書の制度化に向けて「甲案」「乙案」「丙案」の3類型が提示されており、甲案はさらに「甲1案」「甲2案」に分かれている。それぞれ、本人確認や意思表示の真正性を担保するための条件が異なる。いずれも「本人性の担保」「意思能力の確認」「改ざん防止」「長期保存性」など、遺言制度に求められる基本要件をいかに満たすかが焦点となる。
各案の具体的な内容については以下の通りだ。
1、甲案
(1案):録音・録画方式型
遺言者が作成した遺言書の内容を、自ら読み上げる様子を録音または録画し、そのデータと遺言書をセットで提出する方式。本人性と意思表示の明確性を担保する。
- 本人確認:顔認証+録音・録画映像
- 提出方法:映像+書面を公的機関へ提出
- メリット:視覚・聴覚的証拠により意思表示が明確
- 課題:編集・改ざんリスク、保存環境の整備
(2案):電子署名方式型
パソコン等で作成した遺言書に、電子署名を付与する方式。マイナンバーカードなどを活用し、本人性と改ざん防止を技術的に担保する。
- 本人確認:電子署名(マイナンバーカード等)
- 提出方法:書面+署名データを提出
- メリット:改ざん防止、技術的信頼性
- 課題:高齢者の操作負担、署名環境の整備
2、乙案:公的機関関与型(ハイブリッド)
甲1・甲2の要素に加え、公的機関が作成・保存・確認に関与する方式。録画・電子署名・身分証明書の提出を組み合わせ、信頼性を最大限高める。
- 本人確認:顔認証+電子署名+身分証
- 提出方法:書面・映像・証明書を一括提出
- メリット:信頼性・真正性が極めて高い
- 課題:手続きが複雑、提出先の整備が必要
3、丙案:公証人関与型
公証人が遺言作成に関与し、デジタル遺言書の内容を確認・認証する方式。現行の公正証書遺言に近いが、デジタル技術を活用する点が異なる。
- 本人確認:公証人による面前確認+電子署名
- 提出方法:公証人が作成・保存
- メリット:法的安定性が高く、改ざんリスクが低い
- 課題:費用・手続きの負担、柔軟性に欠ける可能性
税理士ら実務家、金融機関はどう動くか
デジタル遺言の制度化が実現すれば、税理士・司法書士・弁護士などの士業は、遺言支援業務のデジタル対応が求められる。とりわけ、相続税対策や不動産評価を伴う遺言支援においては、電子署名やデジタル保管の信頼性が重要な論点となる。また、金融機関や信託会社にとっても、遺言信託や相続関連サービスの提供方法が変わる可能性がある。デジタル遺言の普及により、相続手続きの迅速化・効率化が進む一方、本人確認や意思能力の担保に関するリスク管理が新たな課題となる。
制度化に向けた論点整理とパブコメ募集
法務省は現在、制度化に向けたパブリックコメント(意見募集)を実施しており、締切は2025年9月27日。今後は、技術的要件の精緻化、法的整合性の検証、関係機関との連携体制の構築などが進められる見込みだ。
制度化のタイミングは未定だが、2026年度以降の法改正を視野に入れた動きが加速する可能性がある。デジタル遺言制度は、単なる技術導入ではなく、「個人の意思をどう社会的に認証するか」という本質的な問いに向き合う制度設計である。法務省の試案は、その第一歩にすぎないが、今後の議論次第では、遺言のあり方そのものが大きく変わる可能性を秘めている。
クローズアップインタビュー
会計業界をはじめ関連する企業や団体などのキーマンを取材し、インタビュー形式で紹介します。
税界よもやま話
元税理士業界の専門紙および税金専門紙の編集長を経て、TAXジャーナリスト・業界ウォッチャーとして活躍する業界の事情通が綴るコラムです。