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最終更新日:2021-05-14

HOYA元社長の相続で、90億円申告漏れに思う関与税理士の責任

  • 2021/05/14
HOYA元社長の相続で、90億円申告漏れに思う関与税理士の責任

光学機器大手「HOYA」(東証1部上場)の鈴木哲夫元社長の遺族がさきごろ、東京国税局の税務調査を受け、約90億円の相続税申告漏れを指摘されたとの報道があった。それによると、過少申告加算税を含む相続税の追徴税額は約50億円。東京国税局は、伝家の宝刀「財産評価基本通達6項(総則6項)」、いわゆる「6項評価」の大鉈を振るったわけだが、この節税スキームは、過去に何度も否認されている。顧問税理士が関与しているのなら、なぜ、このような危ない節税スキームを提案したのであろうか。

「グループ法人税制」の適用で、寄付に対する課税はないと処理

鈴木氏は2015年6月に90歳で死去しているが、マスコミ報道によると、死去する前年に保有する百数十億円分のHOYA株式を資産管理会社「エス・アイ・エヌ」に現物出資し、エス社の株式を取得。エス社はその後、別の資産管理会社「ティ・ワイ・エッチ」の全株式を取得して完全子会社化。そして、鈴木氏から出資を受けたHOYA株式をティ社に寄付していた。

エス社とティ社は親会社と子会社という親子関係になっていたことから「グループ法人税制」を適用、寄付に対する課税はないとして処理されている。

鈴木氏の死後には、遺族がエス社株式を相続することになるのだが、相続税法では、相続や贈与で取得した財産について、時価で評価して申告税額を算出するとしている。

(*相続税法22条「この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、その財産の取得の時における時価により、その財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による」)

しかし、上場株式と違い、取引相場のない非上場株式は、財産評価基本通達に則って算定。エス社もティ社も非上場株式だったことから、エス社の保有資産であるティ社の株価を算定し、その株価を反映させエス社の株価評価を行った。その結果、実際より極端に低い評価額となり約20億円で相続税の申告をした。

これに対し、東京国税局が、ティ社が保有するHOYA株式の価値が反映されていないのは「著しく不適当」と判断。エス社の株価を約110億円と算定し直した上で、差額の約90億円を申告漏れと指摘したとされる。

遺族側の株価評価は国税庁通達に則ったもの

鈴木氏の遺族が当初算定した株価評価方法は、非上場会社の株式を評価する方式の一つである「類似業種比準方式」を適用した。実務的には、非上場会社の場合、大会社では「類似業種比準方式」を適用、中会社と小会社では「類似業種比準方式」と「純資産価額方式」を併用して評価することが多い。

類似業種比準方式は、類似する業種の株価等を基に、評価する会社の一株当たりの「配当金額」「利益金額」「純資産価額(簿価)」の3つで比準して評価する。

国税庁通達に則った評価方法なのだが、会社の利益や配当など多数の項目を企業と比較する過程において、株価を大幅に圧縮することができる。そこに目を付けた税理士らが、合法的に自社株評価を引き下げることができるスキームとして経営者等に提案してきた歴史がある。脱税ではないことから、相続税対策等で納税者は「これは良い」と飛びつきやすいのだが、今やお決まりの節税スキームとなっており、国税当局から否認される可能性も高くなっている。

合法的な節税を国税当局が否認できる拠り所は、こちらも財産評価基本通達。その第6項には、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と規定されている。つまり、評価が著しく不当だと考えれば、国税当局の判断で評価を見直せるのだ。ではなぜ、このような6項評価が通達に規定されたのか。現在の財産評価基本通達は平成4年1月1日から適用されており、バブル経済の崩壊直後であったことが大きく影響している。というのも、それまでは昭和39年4月25日付直資56、直審(資)17「相続税財産評価に関する基本通達」を相続税、贈与税の財産評価の基準としていたが、バブル経済崩壊直後は地価の下落が急激に進み、取引相場のない株式の評価など、財産評価基本通達の隙間を利用した相続税回避スキームが続出。そのため、財産評価基本通達に定める評価方法を形式的に適用することは、その財産の時価と大きく乖離した結果を招くこととなり、課税の公平を著しく欠くことになった。そこで、平成4年1月1日以後から相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価に関しては、現在の通達に変わった。

財産評価基本通達第6項は、財産評価基本通達に定める個別の評価方法により財産を評価した価額と、相続税法第22条に規定する「時価」との間に著しい乖離があると国税職員が判断した場合に、「著しく不適当」と認定され、財産評価の大原則である相続税法第22条に定める「時価」で評価する趣旨と考えられる。そうは言っても、結局のところ国税職員の胸先三寸で「著しく不当」と認定できるわけで、国税の「伝家の宝刀」と言われる所以がある。「通達」は法律ではなく、あくまで国税職員をしばる内部規律。納税者がこの通達に縛られる筋合いはないのだが、現実的には国税当局が是認・否認の判断をするのだから、法律に準じた効果が現場である。それだけに、6項規定は大きな存在なのだ。

2014年のトステム創業家の否認事例があったのに…

前述の通り、HOYA創業家が相続税対策を実行したのは2014年。実はこの当時、似たような節税スキームで、国税当局から否認され、マスコミで大きく取り上げられた事案があった。上場企業で住宅建材大手のトステム(現LIXIL〈リクシル〉)創業者である潮田健次郎氏の相続税申告の否認だ。

潮田氏の相続人は、東京国税局から110億円の申告漏れを指摘され、過少申告加算税を含む60億円の追徴課税を受けている。

当時の報道によると、潮田氏はグループ会社の筆頭株主として保有していた約1347万株を売却し、約220億円を得ているが、この資金で金融資産を購入し、2010~11年に潮田氏のグループの非上場の資産管理会社に現物出資し、同社はその分の約790株を発行している。この結果、潮田氏が保有していた同グループの上場株は、非上場会社の株式に変換された。その後、潮田氏は死去し、潮田氏が所有していた不動産管理会社の株式は長女が相続した。

このとき相続した不動産管理会社の株式は、類似業種比準方式で評価。相続財産は約85億円と算出され、相続人の長女は評価額を6割近く少なく圧縮した金額で相続税申告を行った。

そこで東京国税局は、HOYAの創業者と同じように、著しく株価を引き下げたとして、いわゆる「6項評価」を適用して、前述の通りの申告漏れと過少申告加算税を含む追徴課税を課している。 この報道は当時、税金の専門紙・誌でも大きく取り上げられ、節税スキームに関する検証などが行われた。会計事務所業界でのセミナーや研修会でも取り上げられたことから、税理士や公認会計士なら、目にしていたはずだ。なぜ、同時期にHOYAの創業者が同じ節税スキームを用いたのか、税理士が関与していたのなら、疑問が残る節税対策だったと感じる。

キーエンスの創業家は1500億円の申告漏れ

似たような否認事案は2016年9月にもあった。こちらは贈与税に関してだが、センサーや計測機器の大手メーカー「キーエンス」(東証1部)の創業者、滝崎武光名誉会長の親族が大阪国税局の税務調査を受け、同社株を保有する資産管理会社の株式の贈与をめぐって約1500億円の申告漏れを指摘され、過少申告加算税を含め約300億円の贈与税の追徴課税された事案だ。こちらも当時、大きくマスコミ報道されている。

マスコミ報道によると、キーエンスの筆頭株主は創業者の資産管理会社、ティ・ティで、2016年3月に発行済み株式総数の17.87%保有する。(報道された9月16日現在の株価は7823億円)

新聞報道によると、滝崎氏らはティ・ティの経営にかかわる別会社を設立し、別会社の株式を親族に贈与。親族は、法人を親子関係にすると株式評価額が下がることから、財産評価基本通達により贈与株式を評価、申告した。

これに対し、大阪国税局は形式的に通達を適用し、大幅に株価の評価額を下げることを認めず、申告された別会社の株式評価額が低すぎると認定し、課税した。大阪国税局が法的な拠り所にしたのが、いわゆる6項規定。キーエンスやHOYAと同じだ。

キーエンスの創業者親族の場合は、国税当局が「著しく不適当」である判断したのは、財産評価基本通達を適用して財産の評価を行い、贈与税の租税回避を行っていると考えたからだと推察される。

その根拠は、「財産評価基本通達に定める評価額と相続税法第22条に規定する時価との間に著しい乖離がある」「資産管理会社のティ・ティ社の株式を現物出資して、別会社を設立する合理的な理由があったかどうか。そして、別会社の株式を親族に贈与する合理的な理由があったかどうか」「税負担の公平性を保てるか」などを総合的に判断したからだと思われる。

キーエンスの創業家のケースでは、このほかにも、贈与税の節税のため相続時精算課税制度を利用して節税をしていたとも推察できることから、国税当局も株価評価においては「著しく不適当」と判断し、何とか課税の公平性を保とう考えたのかもしれない。

税の専門家の税理士ならご存じの通り、2015年以降の贈与税率は財産によって8段階に分かれ、財産が4500万円超の場合、贈与税率は最高の55%となっている。つまり、キーエンスの創業者の場合、1500億円の申告漏れが指摘されていることから、単純計算で825億円の贈与税が課税されるはずだが、追徴税額は300億円だった。

ということは、相続時精算課税制度を利用し、税額を圧縮していたと推察される。 相続時精算制度は「(贈与された財産の価額-2500万円)×20%」の計算式となり、単純計算でも税額は約300億円。報道された追徴税額とほぼ同額となる。総合的に判断して、キーエンス創業家の相続人も、評価の部分では当局の判断に従ったのかもしれない。

HOYAの創業家に関与していたのは税理士なのか…

上記のトステム、キーエンスの2事例を見ても、HOYA創業家のケースと節税スキームが著しく似ていると言える。

だからこそ、関与している税理士がいたのなら、これらニュースを見て、リスクを感じなかったのかと思う。とくに、一般納税者とは資産額が桁違いであり、知名度も高い。国税当局から否認されたら、依頼人である納税者がマスコミ報道されることは想像がついたはずだ。顧問税理士なら、こうした課税リスクも依頼者である相続人にすると思われる。もし、税理士が申告業務だけを依頼され、節税スキームは別のコンサルタントが考えたとしたら、依頼された申告業務だけを淡々とやったのかもしれない。

今回のHOYAの創業家のケースでは、今のところ真相は分からないが、節税コンサルタントが関与していたのなら、それはそれで偽税理士行為の可能性もある。一方で、申告業務だけをしていた税理士については、「申告書の作成過程において、何ら指摘をしなかったのか」「それで無償独占である税の専門家としての責任を果たしているのか―」。 このHOYA創業家の相続税申告の否認報道を見て、こんなことを考えてしまう。

HOYA元社長の相続で、90億円申告漏れに思う関与税理士の責任

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